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大人のための文章教室(2)

ふたたび、清水義範著の「大人のための文章教室」について書きたいと思います。

文章を書くときに、いつも気をつけていることがあります。それは文章のリズムです。
文章のリズムがいいか悪いかで、読みやすさが変わってくるし、頭にすんなり入ってくるかが決まると思います。

この本でも、文章のリズムについて書かれています。

ブツ切り短文ばかり並ぶのも幼稚だし、長文ばかりでは読みにくい。では、どうすればいいのかだが、結局それはリズムの問題なのである。短文と長文が程よく混じっていて、読んでいくと心地よいリズムが感じられるというのが理想である。

私はこの理想に近づけるために、自分の書いたものを音読するように心がけています。
音読すると、リズムの悪いところが手に取るようにわかります。口に出して読んでみて読みにくいところは、たいていわかりにくい文章になっていることが多いです。

とはいえ、いつも音読ができる状況とは限りません。そういう時は声に出さないまでも、口を動かしながら読んでみるようにしています。
はたから見ると奇妙に見えるのが難点です。人目が気になる状況のときは、仕方がないので何度も黙読で読み直すしかないでしょう。

この本では、<だ・である>体と<です・ます>体についても書かれています。これについては賛成できかねることが書いてありました。

我々のような一般人は、あくまで<だ・である>体で統一するのが正しい書き方のようである。
というように、<だ・である>体で書くことをすすめています。

ただ私は常に、「読んでもらう」「読んでいただく」という意識があるので、<です・ます>体で書くようにしています。<だ・である>体は、私にはちょっと強すぎる表現です。

だから、

誰に向けて書いた文章なのか、どんな気持ちで書いた文章なのか、などによって違う。それが手紙なのか、日記なのかによっても違う。更には、その文章を人に読まれた時、どんな人間だという印象を与えたいかによっても違う。

と書かれているように、書く人が選択するものだと思います。
この「どんな人間だという印象を与えたいか」というのは非常に大切だと思います。これが文体を決定付けると言い切っても、問題ないと感じています。

<です・ます>体で書いているなら、すべてをそれに揃える。<だ・である>体ならばすべてそれで、というのが原則である。それが入り乱れると、文章が幼稚になり、筆者の心の乱れまで見抜かれる。

この点だけ気をつけていれば、問題ないでしょう。
<です・ます>であろうが、<だ・である>であろうが、読みやすく、伝えたいことが正確に伝わるように書けているかが、もっとも大事なことです。
そう考えてみると、書きやすいほうで書けばいいと思っていますが、間違っているでしょうか。

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