« 30-35(2) | トップページ | 更新が滞ってます »

海辺のカフカで気になった文章

村上春樹の「海辺のカフカ」が文庫化されたので読み始めた。
村上春樹の作品を読むのは久しぶりである。

かつては、おたくと言ってもいいくらいに読みまくっていたのに、最近は読んでいなかった。
読み始めると止まらなくなって、きりがなくなるので、あえて避けていたのだと思う。

で、読み始めると久しぶりの村上春樹ワールドなのに、すぐにどっぷり浸ってしまっている。
乾ききった土に、水がすっと染み込んでいくようだ。

これは相性としか言いようがない。
あまりにすらすら読めてしまうのは、本当に不思議な感覚である。
この感覚は村上春樹以外では、味わったことのないものである。

さて本題に入るとしよう。
まだ上巻の半分ほどしか読んでいないのだが、どうしても気になった文章があるので、ここに引用しておく。

この世界において、退屈でないものには人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きているような余裕はない。たいていの人はそのふたつを区別することができない

これは第13章の大島の話した内容である。
この文の内容は、前半はよくわかるが後半を理解することができずにいる。

深い、深すぎる。
もう少しで理解できそうな気もするし、ずっと理解できなそうな気もする。

しばらくじっくり考えてみる価値はありそうだ。
退屈する余裕も、飽きているような余裕もない私ではあるが。

|

« 30-35(2) | トップページ | 更新が滞ってます »

「本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/72312/3613214

この記事へのトラックバック一覧です: 海辺のカフカで気になった文章:

« 30-35(2) | トップページ | 更新が滞ってます »