復刻版キャンパスノートのブログ考察(9)
今日は復刻版キャンパスノートのブログ考察(8)にトラックバックをしていただいた、WINTER WONDERLANDというブログのコクヨの「キャンパスノート」という記事を紹介します。
「コトバ」を使う生き物である人間にとって必要不可欠な道具とも言えます。だからこそ、そこには様々な工夫とアイディアが投入されていますし、使い手としての思い入れも深まるというもの。ノートに様々な工夫とアイデアが投入されているということは、あまりにも当たり前であるために普段はほとんど意識することはありません。
でもキャンパスノートを改めて見てみると、さりげないこだわりを随所に感じられます。そして、その完成された姿に感心させられます。
人によってその感心させられるポイントは異なるでしょう。それは使い方によって変わるものでしょう。
復刻版の発売を機会に、キャンパスノートを観察してみるのもいいでしょう。道具としてのノートを再認識させられると思います。
私は今まで道具としてノートを意識したことは、あまりありませんでした。ところが今回この考察を続けていくうちに、いろいろなブログに出会って、道具としてのノートという考え方を得ることができました。
ものすごく当たり前のことのようですが、意識していないのと意識しているのでは使い方が大きく変わると思います。
これから自分のノートの使い方が、どのように変化するのか楽しみです。
学生の頃に比べれば最近はノートの消費量は激減してます。でも自分の手で何かを書く、という行為は頭の中を整理する意味でもすごく大切だと思うんですよね。PCのエディタで文章書くのとは全然性質の違う何か。そう、そこには「余白」がある。「余白」について言及しているものは初めてです。余白はノートを使う上でとても大切な要素だと思います。 余白を自分で自由に設定できる。余白の使い方はかなり研究しがいがありそうです。
これでもかというくらいに詰めて書いてもいいし、思いっきりスカスカなくらいに余白を作ってもいい。
あとで自由に書き込みができるというのは、ノートならではでしょう。
懐かしいキャンパスノートの表紙デザインを眺めながら、授業中にノートの余白に好きなバンドのロゴとか歌詞とか落書きしていたあの頃を遠い目で思い出したりしました。(僕だけじゃないっすよね??)余白に関係ないことを書き込めるのって、意外に大事なことだと感じました。
落書きから素晴らしいアイデアが生まれる可能性があります。そんな可能性を秘めているのもノートならでは。
そんなことも考えると、さらに使い手として思い入れが深まっていきそうです。
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